「不登校・高校中退・ひきこもり」の情報提供サイト<あした、いいことあるかな…>
あした、いいことあるかな…(トップ) > ねたろーの「こころのはなし」 > 反抗期のはなし
不登校ってなあに?
学校じゃ教えてくれない進路情報
学校行かなきゃなんないの?
子どもが学校に行か(け)なくなったら
「ひきこもり」ってなあに?
ねたろーのこころのはなし
「あした、いいこと」ご利用について
「いじめ」について

「いじめ」や暴力のない環境で、すべての子どもが育つことのできる社会を。
「いじめ」や暴力のない環境で、すべての子どもが育つことのできる社会を。「あした、いいこと」の願いです。

壁紙変える?

2009/02/04 更新

ねたろーの「こころのはなし」

性格や心の動きなど、さまざまな「心の話」をねたろー流に解釈してお話しています。

 

反抗期のはなし

「反抗期」という言葉を聞いたことがない人はいないと思います。多くの方は、「反抗する時期」=「反抗期」という風にとらえていると思うんですが、 そのメカニズムなどについては、どの程度、お考えになったことがあるでしょうか? 以下で、私が考えていることについて述べてみますね。

なお、私は心理学などの専門家ではありません。以下に登場する用語は心理学などにも出てくるかもしれませんが、それらの学問での定義とはまったく異なる場合もあります。

「反抗期は2度来る」と言われていて、「第1次反抗期」と「第2次反抗期」があるようですが、それらが起こる理由と、それらの意味は全然異なります。

 

「第1次反抗期」は、2〜3才の子どもに起こるようです。 生まれた時は二足歩行はできず、いわゆる「よちよち歩き」になるのですが、 2〜3才になれば、ほとんどの子は二足歩行ができます。 「二足歩行ができる」とは、どういうことでしょうか? それは、「よちよち歩き」の時期よりも、行動範囲が大きく広がるということです。

子どもは、歩いていろんな所に行くようになりますが、 親の知らない所や想定していない所に行ったりもするでしょう。 これらのことは、親にとっては「予期せぬこと」であり、親は困惑することになります。

それ以外にも、好き嫌いを主張するようになり、親を苦しめることになるんでしょう。でもこれは、「自我が芽生えてきた証拠」とも言えることです。

この時期は、「少しずつ、親御さんの思い通りに行かなくなることが出てくる」ということでしょう。これを「反抗」というのは、子どもにとってはかわいそうな気がします。これらは「成長に伴って現れること」ですから。もし、この時期がなければ、その子はずっと赤ちゃんのまま、ということになります。

 

「反抗期」でよく出てくるのは、次の「第2次反抗期」だと思います。

中学生〜高校生頃に起こることとされているようですが、この時期になると、子どもはいろんな情報を自らの手で手に入れたり、様々な経験をしながら、社会というのを第3者的な目で見るようになります。

そういう中で、自分の
親や教師たちの行動に疑問を感じ、
親や教師たちがアホらしく、情けなく見えてきて、
親や教師たちの言うことが煙たく、ウザく、迷惑に感じられるようになります。

そのような親や教師にとって「不都合」な子どもの行動を「反抗期」だと言っているわけです。 当サイトでは「不登校」を主に扱っていますが、 多くの専門家は「親子の関係が良くないから『不登校』になる」と 親との関わりを強調します。 でも、学校に行ってなくても、行っていても、子どもはこのような状態なので、望ましい形で親が関わっていくのは困難です。 私が専門家たちを非難する理由の一つが、ここにあります。

話を元に戻して、「第2次反抗期」には明らかな「終わり」があるようです。 それは、様々な経験を重ねたり、いろんな人との関わりを続ける中で、 社会の様々な部分が見えてくるようになります。 つまり、「社会に参加している」者として、様々なことが見えるようになるんです。 その中で、アホらしく、情けなく見えていた親や教師たちの 行動を理解できるようになってきます。 つまり、「自分が親や教師の立場だったら、同じことを言うかもしれない」と 思えるようになってくるわけです。 これができれば、一人前の人間だと思いますし、 親や教師と対等にコミュニケーションを取ることができるでしょう。

しかしながら、上記は「自分から積極的に人と関わって行ける人」の話で、 もっとも望ましい「終わり方」ですが、 「第2次反抗期」の場合、すべての人が同じように行くわけではありません。 例えば、学校に行か(け)ない状態が長く続き、社会とのつながりが 無くなってしまっている子の場合は、「終わり方」は全然違ってきます。

そういう子の場合でも、自分の親や教師たちが「アホらしく、情けなく」見えてきます。 が、「望ましい」場合と違って、「様々な経験を重ねたり、いろんな人との関わり」が 多くありません。 でも、そういう状態でも、「終わり」はあるみたいです。

それは、「諦め」なんです。 つまり、自分が抱いている社会に対する疑問などを、 「諦めてしまう」ことで解決するようになるわけです。 そういう人が、将来、幸せになれるでしょうか?

 

一方で、「第2次反抗期がなくなっている」と言う専門家もいます。

「第2次反抗期」が起こる理由が、「親や教師、社会への疑問」にあるとすれば、 それがないなら、そもそも反抗期は起こらないわけです。 でも、それでいいんでしょうか?

「反抗期」は、人が成長していく過程で、当然に起こって来ることです。 それをスムーズに望ましい形で乗り切らせることが、 これからのの教育に必要なことかもしれません。 言ってしまえば、「反抗期をスムーズに望ましい形で乗り切った人」が 社会的にも成功するんでしょうし、幸せにもなれるんだと思います。

特に「第2次反抗期」は、様々な人が関わって来ますので、 「子どもの心の中はこのように動く」というのを把握した上で、 学校単位でプログラムなどを作っていくことが必要でしょう。